東北大学病院では、縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチーの一種「GNEミオパチー」を対象とする治療薬開発のための臨床試験を重ねてきました。CRIETO(*1)も薬事承認を目指してサポートしてきた本治療薬の開発。2010年の治験開始から約14年を経て、2024年3月、ノーベルファーマ株式会社は厚生労働省から指定難病?GNEミオパチーの治療薬「アセノベル?徐放錠」の製造販売承認を取得しました。GNEミオパチーは、体幹から遠い部位から筋肉が萎縮?変性し、徐々に体の自由が奪われていく希少疾病です。重症患者は寝たきりになることもあり、発症後、平均10~15年で車椅子生活を余儀なくされる傾向にあります。主に10代後半から30代にかけて現れることが多く、日本の患者数は約400人と推定されています。
本疾病は、1980年代に日本で初めて臨床病型が報告されました。2001年には、本疾病の原因としてシアル酸の合成に関係する酵素の遺伝子(GNE遺伝子)が発見され、国立精神?神経医療研究センター神経研究所疾病研究第一部の西野一三部長らにより、モデルマウスにてシアル酸補充療法の予防効果が示されました。この基礎データをもとに、東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野教授兼CRIETOセンター長の青木正志教授らのグループは、2010~2011年に世界で初めてアセノイラミン酸をヒトに投与する試験(ファースト?イン?ヒューマン試験)となる第Ⅰ相臨床試験を、その後さらに第Ⅰ相追加臨床試験を、いずれも医師主導治験として実施し、シアル酸の一種であるアセノイラミン酸の安全性を確立しました。さらに、日本医療研究開発機構の難治性疾患実用化研究事業に採択されて実施した医師主導第II/III相臨床試験、そしてノーベルファーマ株式会社が有効性確認試験を企業治験として実施し、GNEミオパチーにおけるアセノイラミン酸の効果を明らかにしました。これらの結果をもとにノーベルファーマ株式会社が薬事承認申請を行い、2月29日に厚生労働省医薬品第一部会において製造販売承認が了承されました。開発が極めて困難といわれているウルトラオーファン(*2)の疾病?GNEミオパチーに対する治療開発の世界初の成功例となりました。これまで本疾患には有効な治療法がなく、リハビリテーションなどの対症療法が行われるのみでしたが、アセノベル?徐放錠が承認されたことで、対象疾患における第一選択薬となります。今後は製造販売後調査で長期経過における有効性と安全性を確認する計画で、GNEミオパチー患者の早期治療につながることが期待されます。今回の薬事承認までの道のりを、医師の鈴木直輝講師とCRIETOの保坂実樹特任助教がそれぞれの視点で振り返りました。
【研究代表者】
臨床研究推進センター センター長
青木 正志(あおき まさし)教授
東京都出身。1990年東北大学医学部卒業。東北大学病院神経内科、ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院研究員、教官を経て、1998年から東北大学医学部神経内科助手、2007年6月からは同講師。2011年2月から教授に就任。
CRIETOが伴走し承認が実現 業界に与えたインパクトは?
——GNEミオパチーの治療薬「アセノベル?徐放錠」が薬事承認されるに至ったポイントを教えてください。
鈴木:2010年10月にスタートした医師主導治験の第Ⅰ相臨床試験では、東日本大震災(2011年3月)で一時継続が危ぶまれましたが、なんとか計6名の患者さんにご参加いただき、アセノイラミン酸の安全性を確認することができました。さらに、第Ⅱ/Ⅲ相臨床試験でもいろいろな困難に直面しました。当初、GNEミオパチーの治療薬開発は、第Ⅲ相の国際共同治験が計画されており、そこに日本も参加する想定をしていました。ところが、国際共同治験から海外企業が撤退することになり、日本単独で治験を行わざるを得なくなりました。国内に200名弱しかいない希少疾病で統計学的に有意な結果が得られる治験者数を確保できるのかという懸念がありましたが、国際共同治験の枠組みで進めていた場合は統計学的な有意差が出ずに開発が中止になっていた可能性が高く、結果として日本単独の治験となったことで開発を継続することができたと思います。第Ⅱ/Ⅲ相臨床試験は、国立精神?神経医療研究センター、名古屋大学、大阪大学、熊本大学との計5施設と連携し、さらにCRIETOからの支援も強化されたことで、薬事承認を取得し実用化に至ることができました。
また、アセノベル?徐放錠を製造販売するノーベルファーマは、希少疾病用医薬品の開発を使命として掲げる企業であり、一連の治験において実薬の提供など多大な協力をいただきました。さらに大きな後押しとなったのが、遠位型ミオパチー患者会(PADM)代表の織田友理子さんの存在でした。非常にアクティブに活動されている方で、アセノベル?徐放錠に関しても、いろいろな製薬会社を回ってアセノイラミン酸の研究開発をしてもらえるよう尽力していただきました。今回の薬事承認は、共同研究先、ノーベルファーマ、患者会がタッグを組んで実現できたと感じています。
——一連の医師主導治験において、CRIETOはどのようなサポートを担ったのでしょうか。
鈴木:GNEミオパチーは患者数が非常に少なく、治療薬の開発に成功しても採算が合わないという問題があります。そのため、企業主導の治験が難しく、医師主導治験で進めざるを得ませんでした。しかし、医師主導治験では、医師自らが全ての計画を立て、アレンジしながら遂行しなければなりません。診療や研究業務などと並行しての医師主導治験は、われわれ医師から考えれば事実上不可能といえます。そこで、CRIETOのサポートを受けることになりました。
研究費の採択を受けるための申請書の作成や調整、治験のデザイン、IRB(治験審査委員会)の審議資料やピアレビューの資料など、書類の作成業務についてのノウハウがなかったので、支援がなければ全く進められなかったと思います。また、他の施設?機関との調整でもCRIETOから多くのご協力を得ました。特に第Ⅱ/Ⅲ相臨床試験には5つの医療機関が協力していますので、各施設との連絡一つ一つへの対応もわれわれ医師だけでは回せない仕事だったと思います。
保坂:鈴木講師が話したように、治験全体を統括する治験調整医師(本治験においては青木教授)が担う治験に関連する書類の作成と確認、各施設の連携契約、日本医療研究開発機構(AMED)とのやりとりなどの業務を私たちCRIETOがサポートしてきました。時間的な負担軽減はもちろん、GCP(Good Clinical Practice)に関する知識など、細かな部分で医師の皆さんでは対応しきれないところを一通りカバーしています。また、CRO(医薬品開発業務受託機関)、治験薬提供者であるノーベルファーマ、各実施医療機関などの外部機関と取り交わす契約書の調整など、膨大な書類も全て整えて青木教授に確認しました。それから、治験にご協力いただく各実施医療機関からの書類確認、治験の実施に伴い発生する膨大な数の書類の管理も行いました。治験遂行のためのありとあらゆるサポート業務がCRIETOの仕事といえます。
また、本来であれば治験でご協力いただく患者さんの登録促進案を提案することも私たちの仕事であり、特に希少疾病の治験での登録は非常に苦労するところなのですが、GNEミオパチーに限っていえば患者さんのリクルートはCRIETOから見ると比較的スムーズに見えました。もちろん、医師の皆さんのご尽力があってのことですが、本疾患においては、医師同士のネットワーク、患者会、神経?筋疾患患者登録サイト「Remudy」といったリソースが揃っていたことが大きかったようです。
——今回の薬事承認について、医療界や製薬業界にどのようなインパクトをもたらすと考えますか。
保坂:今回承認されたアセノベル?徐放錠は、これまでの医薬品成分にはない新有効成分含有医薬品となります。ですから、一言で治験といっても、既に承認されている薬を他の疾患にも適用する目的で行う治験とは全く意味合いが異なります。ある疾患に対する有効な薬が全くない状況からの新薬開発は非常に難しく、それを製薬会社に比べて資本的な体力に乏しいアカデミアから出すことができたという事実は、医療界や製薬業界にとって大きなインパクトとなったと思いますし、われわれCRIETOとしても自信につながりました。日本の他のARO(Academic Research Organization)の皆さんにも、「やればできる」ということを示せたのではないかと思っています。
鈴木:GNEミオパチーは海外にも患者さんがいるとはいえ、やはり希少疾病なので治験が難しいことに違いはありません。まして日本国内だけでの治験遂行など非常に困難だと、誰もが考えていたはずです。しかし、ごく少数の患者さんでも、一人ひとりの変化をきちんとデータとして捉えることにより、2セットの治験で同じ結果が得られれば承認が得られるという前例を打ち立てることができました。ウルトラオーファンの薬をどう開発するかという医療界?製薬業界にとっての難題に、非常に良いモデルケースを示せたのではないかと思います。
今回の治験を経験して、ウルトラオーファンの薬を開発するためには4つの条件が必要だと改めて感じました。1つ目は基礎研究がしっかりしていること。まず薬剤の効果を質の高い前臨床研究で証明していることが大事な点です。2つ目は開発環境が整備されていること。今回のような医師主導治験を進めるには、CRIETOのようなサポート体制があってこそだと思います。3つ目は規制当局との連携です。これも、AMEDとの交渉を密に行うことのできるCRIETOの支援が大きかったです。そして、4つ目は患者会の存在です。患者さん自らが薬の必要性を訴えてきたからこそ、前例のないことであっても国や企業に勇気ある決断を促すことができたのだと思います。
——今後の課題?展望をお聞かせください。
保坂:今回得られた経験を今後に生かすことが、非常に重要だと感じています。新薬の研究開発は承認までに十数年の歳月を要します。スタッフが一つの治験薬の第Ⅰ相から承認までの開発過程を経験できることは非常に貴重であるといえます。ですから、こうした貴重な経験をノウハウとして蓄積し、CRIETOの資産として後進に伝えていくことで組織のベースアップを図っていく必要があると考えています。
鈴木:まず私の立場としては、アセノベル?徐放錠の市販後の調査をしっかりと行っていきます。治験で得られた結果は、あくまで少数の患者さんを対象にしたものであるため、より多くの患者さんからデータを集め、かつ長期的に自然歴と比較したデータも取っていくことが私の仕事だと考えています。
それから、まさに保坂さんが言うように人を育てることが大切です。私自身、治験のことなど何もわからないまま第Ⅰ相試験に参加し、多くを学んできました。こういった長期間にわたる治験で培った経験をもとに、大学病院全体として、新しい薬の開発を目指して治験を担ってくれる後進を育てたいと思っています。そのためには、やはり心が大事です。一朝一夕には実現できない治療薬の開発を進めるには、諦めない心を育んでいく必要があります。それを背中で見せていくことも、われわれの仕事なのだろうと思っています。
*1 CRIETO:臨床研究推進センターのこと。安全で有効な薬や医療機器の開発を支援する。
*2 ウルトラオーファン:オーファンドラッグは対象患者数が本邦において5万人未満、医療上特にその必要性が高いものなどの条件を満たし、厚生労働大臣が指定した医薬品。対象患者数が1,000人未満の疾患は、さらに医薬品の開発が困難であり、ウルトラオーファンと呼ばれている。