世界初の「歯周病治療器」が社会実装へ 東北大学の医工連携が製品化のきっかけに
東北大学とLuke株式会社の共同研究による歯周病治療器「ブルーラジカル P-01」が、2023年7月に医療機器製造販売の承認を取得し、2024年1月からLuke株式会社が販売を開始しました。治験を経て承認された本機器は、重度歯周病を治療できる医療機器として世界初であることからも大きな注目を集めています。ブルーラジカル P-01は、東北大学大学院歯学研究科の菅野太郎教授らが、2006年より開発に取り組んできた研究シーズであり、CRIETOもそのサポートを行ってきました。研究開始から約17年を経て、いよいよ社会実装のフェーズに入りました。
ブルーラジカル P-01は、歯周病を引き起こす歯と歯茎の間の歯周ポケットに蓄積したデンタルプラーク(細菌性バイオフィルム)の内部の細菌を殺菌?除去するための装置です。従来の歯周病治療は、スケーリング(石灰化した沈着物の除去)や、スケーリングと抗生剤投与の併用で行われてきましたが、これらの治療法では歯周病菌の十分な殺菌?除去ができません。また、重度の歯周病になると、歯肉を切開して行う外科的な処置や抜歯が必要になります。今回製品化されたブルーラジカル P-01は、3%過酸化水素を噴出するのと同時に青色可視光を照射することで、強力な酸化力を持つヒドロキシルラジカルを生成し、歯周ポケットの深部に付着するデンタルプラークの内部の細菌も、迅速かつ効率的に殺菌?除去することができます。これにより、重度の歯周病でも非外科的な処置のみでコントロールが可能となりました。
「歯医者の仕事はデンタルプラークとの戦いといってもよく、これをどう殺菌するかが歯科医療では大きな課題でした」。菅野教授は歯周病菌の殺菌方法について思案していた時、活性酸素研究の第一人者である東北大学未来科学技術共同研究センターの河野雅弘教授に相談をしました。そこで、ラジカル殺菌機器開発の発想が得られたのだと言います。「東北大学は総合大学なので、多分野にわたって優秀な研究者が多くいます。ブルーラジカル P-01も本学でなければ実現できなかったでしょう」。
もともと菅野教授の専門は、ブリッジやインプラントなどにより歯のかみ合わせを整える補綴学でした。しかし、補綴学のトップランナーたちが記した論文を読みあさる中で、「歯科医療の成功には、徹底した感染の除去と患者の行動変容を含めた術後のプラークコントロール維持が最も重要である」という結論に至ります。菅野教授は言います。「この主張に触れたことをきっかけに、感染除去や患者の行動変容をテーマとした研究開発?社会実装にチャレンジしたいと思うようになったのです」。自身も臨床に携わる歯科医として、研究開発を進めていた歯周病治療器の普及を目指して、自らベンチャー企業「Luke株式会社」を設立しました。現在、同社ではブルーラジカル P-01の販売に加えて、患者の口腔ケアの習慣化を促すアプリ「ペリミル」の開発?提供も行っています。
前例少ない歯科治験でCRIETO が伴走 ペット業界など他領域への横展開も構想中
ブルーラジカル P-01の承認?社会実装に向けてCRIETOは治験の段階からサポートに入りました。菅野教授は「とにかく何から何まで教えていただきました」と振り返ります。そもそも日本において歯科の治験が行われる事例が非常に少なく、菅野教授も治験の進め方について「イロハが全くわからない」状態でした。CRIETOにとっても歯科の治験は前例が少なく、医療機器や薬剤の治験で使用するフォーマットを援用し、歯科のシーズに落とし込む作業から行いました。ほぼ経験のない歯科の治験を進めるに当たって、菅野教授ら研究チームとCRIETOが、それぞれで情報を出し合いながら必要な書類の整備を進めていきました。「治験プロトコールの作成から膨大な数の書類の準備と中身のチェック、データの収集と解析、他の部門や機関との調整、各種申請手続きなど、CRIETOには始めから最後まで常に伴走してもらいました。われわれだけでは絶対に成しえない作業だったと思います」。
今後の歯科医療を大きく変えていくことが期待されるブルーラジカル P-01ですが、菅野教授は既に本治療器第2弾の開発にも着手しています。過酸化水素水に照射する光の波長を変えることでラジカル殺菌の効果が飛躍的に上がる基礎データが得られたため、インプラント周囲炎やカリエスの治療にも使用できる2号機の開発を進めています。また菅野教授は、ブルーラジカル P-01を使用することで、歯周病治療における菌血症のリスクがどれだけ減少するかのデータ収集を行いたいと考えています。歯周病菌は体内に取り込まれると血流に乗って全身に運ばれ、菌血症を起こし、糖尿病や心疾患などの全身疾病を引き起こすリスク要因となります。「これまで、歯周病治療を行うことによって菌血症が発症することがわかっていましたが、このリスクを軽減する効果的な方法がありませんでした。本治療器は殺菌を行いながら歯周治療を行うことが可能であり、治療時に体内に侵入する歯周病菌の生菌を減少させる可能性があります。今後は、本学の医科の先生方と、本治療器の菌血症に対する効果を検証するための臨床研究を進めたいと考えています」。さらに菅野教授は、ブルーラジカル P-01の横展開として、青色可視光を照射できる歯ブラシの製品化や、ペットの成犬の大多数が歯周病とされる獣医業界での適用などを視野に入れています。「その際には、ぜひCRIETOにスタート時点から伴走してもらいたいと思っています」と語る菅野教授。今後は歯科業界だけではなく他領域への展開も期待されます。
取材:2024年6月5日