東北大学病院は2024 年5月、「先端歯科医療センター」を開設しました。外来診療棟の一画、東北大学の象徴である赤れんがを使った入り口の先、洗練された空間に世界標準の医療機器が並び、歯科におけるあらゆる部門の専門家が集います。そこで行われるのは先進的な歯科医療のみならず、未来の医療の担い手となる人材の育成、そして産学連携による新たな価値の創出。センター開設の目的と施設の概要、展望について語ってもらいました。
新しい価値観を生み出し成長を描けるような世界標準の診療所を
——まずは先端歯科医療センター設立の経緯をお聞かせください。
江草:東北大学病院の建物内に歯科診療部門が開設されたのが2010年で、以来基本的には同じ設備で診療をしてきました。そろそろ変えなければいけないというタイミングでもあり、国際卓越研究大学の話も挙がっていましたので、単に設備を新しくするのではなく、新しい価値観を生み出し、成長を描けるような施設を作ろうと考えたのがきっかけでした。病院は基本的に医療者と患者さんの関係で成り立っていますが、東北大学病院は特定機能病院ですので、新たな医療技術の開発や高度医療人材の養成もミッションです。そのために、産業界、行政や、国内外トップクラスの歯科医療機関など、広いステークホルダーとも関わり合いながら新しいものを創出する場所になる。それが最初のコンセプトです。形になるまでにはいろいろな困難が伴いました。特にコロナ禍の真っただ中で、どうしても新しいことに積極的には踏み出せないような空気感の中、まずは将来を創っていこうという雰囲気づくりから構成員の皆さんと頑張って、何とか完成にこぎ着けました。
——施設の特徴と、どのような治療ができるのかを教えてください。
齋藤:施設としては「世界標準の診療所」を作るのが目標でした。この10年間で歯科医療の技術革新があり、先進医療を行うためにはそれに合わせた設備投資が必要でした。本センターには、外科処置室を中心に、そうした先端の機器をそろえています。そこで行う医療として具体的に分かりやすいのは、顕微鏡を用いた治療です。歯の根っこや歯周病、差し歯の治療などの際に、顕微鏡で拡大して見て、より正確に、精密に治療できるようになります。
江草:その顕微鏡については、世界標準を超えて世界最高水準と言ってもいいかもしれません。
齋藤:確かにそうですね。もう一つの特徴はデジタル医療で、こちらは先端歯科医療センターで実際に治療を行われている依田先生にご説明いただきましょう。
依田:はい。オーラルスキャナーという口腔(こうくう)内を高精度で3Dスキャンできる機械を使っています。従来の歯の型取りとは違って、患者さんに負担をかけずに、より精密な型取りがデジタルで可能になります。これまでも東北大学病院にはありましたが、これをメインで使っていくことになります。
江草:これまでは頻繁に使うものではありませんでしたが、先端歯科医療センターではそれが標準になります。デジタルデータなので、世界中のどこにでも飛ばして、被せ物などを作ってもらうこともできます。そのデータを基に研究も可能ですし、応用方法が広がっていきますよね。
齋藤:外科処置室での診療の様子を遠隔で見られる部屋を設けているのも先端歯科医療センターの特徴ですが、オーラルスキャナーの3D画像や、先ほど話した顕微鏡の画像についても、リアルタイムに見られるようにしています。若い歯科医師や地域の歯科医師がそこで手術の様子を見て学び、ディスカッションできる環境を整えています。もう一つの先端歯科医療が再生医療です。患者さんご自身の血液を移植することで傷が早く治るという、これまでの再生医療を継続することに加え、幹細胞を用いて骨を再生する医療を今年始める予定です。
専門家が集結することで可能性を見いだし高度な治療を迅速に
——実際に先端歯科医療センターを利用される患者さんの反応はいかがでしょうか。
依田:先生方が話されたように先端の機器や設備がそろっていることに加え、一般診療室は従来よりもゆとりのあるスペースを確保していることから、ゆったり快適に過ごせると、大変評判が良いです。患者さんからは開放感があると言われますし、アシストの人も余裕を持って動けて、ドクターも快適に治療ができています。目の前に大きなモニターがあるので患者さんへの説明も格段にしやすくなりましたね。
北浦:私ども矯正歯科医が治療に入る機会はこれからですが、先端歯科医療センターの一番のメリットは専門家が集まる場ができたことだと感じています。他の専門の方と対話することで新しい可能性が見えてきたり、最善の治療ができるようになったりする場なのかなと思います。例えば補綴(ほてつ)の治療で歯がない所に入れ歯やインプラントを入れる際、隙間を作ってほしいという場面があります。あるいは保存科で虫歯の根っこの治療をしようにも、歯茎がかぶさっていてできないケースもあります。そんな時、従来は科が離れていてすぐには相談できませんでした。それが先端歯科医療センターという同じ場所にいることでコミュニケーションが容易に取れるようになって、ちょっと難しいなと思っていた治療が可能になります。あるいは、さらに高度な治療も、リアルタイムで話すことで迅速に提供できる場になると思います。私もそうしたことに貢献していきたいと考えています。
医療、研究、産業が先端歯科医療センターに集約され、連動する
依田:北浦先生のおっしゃるように、各診療科の専門医レベルの先生方が協働して治療が行える環境だと、まさに実感しています。歯科の横のつながりで、より難しい症例に対して知識を出し合って治療できることは、患者さんにとって非常に大きなメリットだと思います。地域の先生方も、どうしていいか分からない症例について、高度な専門医が集まる先端歯科医療センターに紹介いただく、という道筋ができることにも期待しています。その準備段階として、大学内でも分野を横断するような形で勉強会を行っており、今後大きくしていきたいなと考えています。
江草:先生方のおかげで、歯科における全ての専門家が患者さんの周りに集まってくるという包括的歯科診療が可能となりました。単に包括的なのではなく、11ある専門科のプロが集まって患者さんの口の中を一つの単位として全体的に診て、最善を尽くすことを目指します。また、東北大学病院は臨床研究中核病院ですので、歯科にとっても臨床研究を行う場所です。近年、患者さんの全身的な健康状態と口の中の状態の関係が注目されていますので、医科と連携して先端歯科医療センターを使った臨床研究も行われるでしょう。医科歯科連携がよりスムーズに行える場所にもなっていきます。そして臨床研究のデータが出て、企業の方がそのデータを基に何かを開発したいとなれば産学連携が生まれますので、アカデミックサイエンスユニット(ASU(*1))で対応する。そんなふうに医療、研究、産業が集約され、それらが連動していく。そんな全体像をイメージしています。
——お話に出たASUの動きについても教えてください。
齋藤:これまでにもASUは本院の臨床研究推進センターにあり、そこから歯科に興味のある会社さまには歯科部門に来てもらっていました。この度、歯科がリードしてASUを行うのは初めてで、企業の方も医科に比べて歯科の現場に来る機会がありませんので、内覧会には多くの方が興味持って来てくださいました。企画の方、マーケティングの方、研究の方、管理部門の方と、いろいろな立場の方が参加された、ブレインストーミングでは、マーケティングの方であればどういうビジネス展開があるのかディスカッションしたいという様子でした。皆さま有益に使いたいと考えていただいているようです。
江草:医科歯科連携が進んでいると言っても、やっぱり医科と歯科では業界や市場の規模が圧倒的に違います。ですから歯科系の企業さんも全体のASUを使いたくても大き過ぎて使い勝手があまり良くなかったところに、ニーズがマッチしやすいサイズ感の、いわば歯科版ASUを提供した形になります。全体のASUに、歯科に入りやすい入り口ができたという感じでしょうか。
齋藤:これからの課題はリピーターになってもらうことで、そのためにはよりよいプログラムを用意しなければなりません。企業の方に来ていただいたときに、皆さんからどういう要望があるか、どんなことを求めているか、そのフィードバックに対応するスタッフを配置して、きめ細やかな配慮をしていこうと考えています。ASUを利用いただいた企業さまのロゴをセンター内に張り出して、こういう企業と一緒に共同研究を行っていますという情報発信も行っていく予定です。
先端医療を多くの人に届け幅の広い医療人材を輩出しさまざまな立場の人と共創を
——最後に、先端歯科医療センターが今後どのような発展を遂げていくのか、ビジョンをお聞かせください。
齋藤:まずは先端医療を多くの人に受けていただきたいというのが一番です。そしてASUで企業の方と共同研究を行っていくこと。もう一つの目標が、先端医療を志す若手の歯科医師を増やすことです。
江草:若者にとっては、目の前に世界レベルの先端医療があることは大きな刺激になると思います。それだけでなく、先ほどの話にも出たように、ここでは臨床研究も産学連携も医科歯科連携も行われますので、歯科医だけを真っすぐ目指していた学生にとって、今までになかった視点が得られるかもしれません。東北大学の歯学部や大学院では「社会が抱える課題を多方面から解決できるマルチモーダルな専門知識を備えた人材育成」を掲げていますが、それに寄与する場になっていくと思います。先端の技術に触れたいと入ってきて、刺激を受けやりがいを持って医療に携わる中で、知らなかった面白いものが回りにたくさんある。それで他のことにも興味を持って、専門職としてより幅を広げ成長した人材が輩出されていく。そんな場所になれば理想的です。それは学生や若手に限ったことではなく、実はわれわれにとっても、そしてさまざまなステークホルダーの方にとってもそうです。いろいろな立場の人が関わることで新たな価値観を創出していく「コ?クリエーション(共創)」を実現する場所になってほしい。これこそがまさに、国際卓越研究大学に求められている創造的価値ではないかと考えます。
*1 ASU:東北大学病院で臨床研究推進センターバイオデザイン部門が窓口となって推進しているプログラム。企業の方々が直接医療現場に入り、現場観察を通して多くのニーズを探索し絞り込みを行い、新たな医療機器や医薬品?システム?サービスなどの製品化?事業化を目指す。