※m3.com地域版『東北大学病院/医学部の現在』(2022年6月3日(金)配信)より転載
国立大学病院で最多の放射線治療実績を有する東北大学病院放射線治療科。2021年11月には東北初、全国は2台目となる待望のMRI一体型放射線治療装置「MRリニアック」を導入し、2022年2月28日に第一例目の治療が行われた。2012年、同院歴代最年少で教授に就任した放射線治療科の神宮啓一教授に、同院における放射線治療の取り組みを聞いた。(2022年4月22日インタビュー、計2回連載の1回目)
――2021年秋、東北初のMRI一体型放射線治療装置が導入されました。経緯を教えてください。
東日本大震災後、東北大学病院では高度な医療を集約させた新しい診療棟として「先進医療棟」の新築が計画されていました。それまで分散していた手術室や高度救命救急センター、ICUなどの急性期に必要な医療設備を一つの建物に集約した上で、低侵襲で高度な医療機器を導入し、効率よく安全に高度医療を提供することを目的とした計画でした。放射線治療科も集約化の対象となり、移転?移動の話が持ち上がりました。移転前の放射線治療装置は、古い中央診療棟地下2階と病棟地下2階という不便な場所にあった上に、診察室は外来棟と中央診療棟の地下1階という飛び地にありました。それらを先進医療棟の地下1階に集めて動線を整えると同時に、放射線治療装置も一新することとし、予算を確保して中期的な機器の購入計画を立てました。
放射線治療装置は元々4台所有していましたが、台数はそのままに、4台のうち3台は先進的な汎用機として直線加速器(リニアック)に刷新し、残り1台は大学だからこその目玉となるような装置の導入を、と思案していました。ちょうどその頃、オランダのユトレヒト大学医療センターが着想した、MRIとリニアックが一体化したMRリニアックの話を聞きました。当時は開発途中でしたが、承認のスケジュールを見据えると、先進医療棟の工事とのタイミングもよく「これだ!」と思い、2012年から導入を検討し始めました。
――導入にあたって、どのような準備をしましたか。
大型の機器というのは、建屋の設計も同時に必要になります。先進医療棟の建設時にMRリニアック専用の部屋を設計に落とし込んでもらいました。医療者側のトレーニングも必要で、医局員に2018年から2020年の2年間オランダに留学してもらいました。この他、メーカーとやりとりをしながら、本社工場に見学に行ったり、学会の度にメーカーのCEOと会って導入に向けて準備を進めました。
メーカー側としても当初はアジアでの一号機という想定だったので入念に準備をしてくれました。途中、日本における認可の遅れや新型コロナウイルス感染症の影響で海外から職人が来日できないというハプニングもあり、設置まで9年を要しました。ただ、最も大変だったのは、周囲の説得だったかもしれません。大きな金額ですし、導入後にどれだけ収益を見込めるか、患者さんにどれだけ還元できるのか、病院執行部や東北大学本部に説明して認めていただく努力が必要でした。
――どのように説得したのですか。
放射線治療科では、私が教授に就任した2012年頃から現在まで治療件数が大きく増えています。先進医療棟への移転前、当時最も先進的だったIMRT(強度変調放射線治療)が可能な装置は1台しか所有していませんでしたが、より低侵襲な医療をより多くの患者さんに提供したいという思いで、件数を増やしつつ、治療方法もIMRTに徐々に切り替えてその割合を増やしていきました。2012年にIMRTでの治療は全体のわずか1割だったのに対し、2022年時点で半分になりました。そういった努力に加え、診療報酬の増加に貢献していることを今後の展望も含めて幾度も説明し、執行部に理解していただいたのだと思います。
というのも、一般的に、新しい装置を導入すれば必要な人的リソースが減り効率化されるのではと考えると思いますが、放射線治療は逆で、先進的な治療により精度が上がれば上がるほど、治療にかかる手間と時間が増加します。従来の治療では、患者さん一人あたりの治療計画に、慣れた医師が医学物理士の手を介さずに行って15分程度ですが、IMRTでは、患者一人あたり医師だけで1~2時間かけた後、医学物理士が設計をするので、治療の準備に必要な時間は10~20倍以上です。当科ではこれを、医学物理士一人を増員した以外は役割分担でこなしました。冗談ですが、IMRTは「アイムリアリータイアード」と言われることもあるほどです(笑)。現場は大変なのですが、治療成績は圧倒的に違いますし、何よりも副作用を減らせます。
――それほど治療の質を上げる必要があったということでしょうか。
つい15年前までは、手術の方が優先され、あとは放射線治療しかやることがない、という患者さんが多く紹介されてきました。例えば、ステージが進んでいたり、年齢や合併症のために手術が受けられない患者さんなどです。放射線治療は、時代に取り残されてきたようなところがありました。治療精度も現在とは比べようもないほど低く、それでは治る人も治らないですし、治った人でも、照射による副作用の障害で苦しむ方が多くいました。
例えば、頭頸部?口腔癌の治療では、顎骨壊死というひどい痛みを伴う障害が出ることがあります。歯槽骨、唾液腺なども放射線の影響を受けるので、唾液が出ない、重度の歯周病を患い、顎骨壊死という辛い症状に発展することもあります。がんを治すことができてもQOLが下がっていく症例を多く診てきました。そういったことをできるだけ減らしたいという思いがありました。
【取材?文?撮影=東北大学病院 溝部鈴】